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エリカ様復活!なんて書こうと思ったら、まぁいかにもエリカ様らしい復帰というか、なんというマスコミへの挑戦。早い話が変なこと書くんじゃねぇと。どこがハイパーメディアクリエイターなんだなんてことも書くなってことでしょう。マスコミを利用する以上、利用されることも覚悟しないといかんのに、利用するだけして、利用されるのは拒否。これでは反発されるに決まってます。裁判沙汰になったらスペインの法律で裁かれるなんてのも、何を考えとるんじゃという話。これをパフォーマンスとまだ擁護する芸能人がいるとするならば、心底がっかり。突き抜けた面白さを提供するエリカ様にある意味で尊敬の念を抱きますが、田原俊彦じゃあるまいし。私はビッグとでも思っているんですかね。たかの友梨さん側も今回の6ヶ条とは無関係とのこと。自作自演ならいいですよ。他者がかかわっている以上、いかんわな。
態度だけは大物という若手俳優があまりにも多く、それをいいことのように取り上げるメディアもメディア。これだけの作品をやってるなら当然だよと思わせることをしてるとは思えないし。それと、今回の件、どう考えても日本の芸能界を知らない人が取り巻きにいるんでしょう。知ってたら、こんなことしません。根回しを入念にしてからそういうことをやるだろうし、第一、そんなこともせんでしょう。会見が楽しみですな。騒動になること必至。これぞワイドショー的ネタ。やってることは面白いですが、だから正しいというわけではないのでね。
この週末で何人の有名人が亡くなられているかわからなくなるほど、訃報が集中。桑田選手のお父様が火事でお亡くなりになる事件があったり、ナレーターとして有名な郷里大輔さんが自殺、空白の一日で阪神にトレードし、一躍時の人となった小林繁さんが突然死、目玉のオヤジとして活躍された田の中勇さん、サニーブライアンでダービートレーナーになられた中尾銑治元調教師、巨人の名物寮長だった武宮敏明さんなど、ここ数日で報道された訃報。
そして、つい先ほどミッキー安川さんが亡くなられる一報。初めてお顔を拝見しましたが、イメージとは全く違うお姿。アメリカンな感じがする人かと思ってました。ラジオ日本を代表する人物で、5本もレギュラーを抱えていたとのこと。スポンサーは自分で見つけてくるので、過激なことをどんなに言っても大丈夫というスタンスはすごいなと。一時期毎週聞いてた、雑オロジーと朝まで勝負。いろんな意味で衝撃を受けたのを覚えています。
激動というのは安易かもしれませんが、本当にびっくりすることが続きます。20年生きているからこそ、存じ上げている方が亡くなるというのも増えるんですけどね。にしても、ここ数日の訃報の数は多い。本当なら1つ1つ取り上げるべきなんでしょうけど。人間いつか死ぬのはわかっていても、やはり残念に思います。
メッセンジャーの黒田さんが起訴猶予となり、ようやく釈放。記者会見では涙を流しながらの謝罪。芸人が倫理的になるのってどういうことなんだろうかと思いつつ、またテレビでお目にかかる日を待ちましょう。
いつも思うことですが、なぜ芸能人が逮捕され、起訴猶予などの結果が出た時に、稲垣メンバー、島田司会者などの聞いたこともない日本語を使うんでしょうね。中村獅童が飲酒運転か何かで警察のお世話になった時も中村俳優と報道していたのを思い出しましたが、そんな呼び方一度でもしますかね?主婦の人なら○○主婦とでも言うのか。普段使わないような言葉を使うぐらいなら、さん付けか敬称なしでいいと思うんですけどね。それで今回は黒田漫才師。いくらなんでも無理がある。そういう取り決めでもあるのか。あったとしたならば、モデルさんならどうか、コントしかやらない芸人さんならどうか知りたい。
逆に、日本語の多様な使用法として面白いと考えるべきなのかもしれません。外国においてこういう表現はしないでしょう。日本独特かもしれない。NHKでたまに言葉の意味などを教えてくれるアナウンサーの方が登場しますが、ああいう形で知る日本語もいいもんですね。普段疑問にも思わないですから。ああいった敬称の使い方が正しいのかどうなのか、興味はあります。
メッセンジャーの黒田さんが、飲食店で店員に重傷を負わせ、逮捕されたそうで、テレビ局は大騒ぎ。その日には、黒田さんが司会を務める関西ローカルの番組があり、フジテレビではすべらない話のスペシャルに出演。ラジオ番組にもその日出演することになっていたので、相方のあいはらさんが謝罪。いろんな話が出てますけどね。本人は犯行を否認する一方で、ローキックを入れただの髪の毛をつかんでただの。仮に黒田さんの言うことが本当であれば、それはそれでとんだとばっちり。実はそういうことをしていたのなら、復帰には多少の時間がかかる。
容疑者という言葉は便利なのかどうなのか。改めて考えてしまう。昔は敬称がつかずに、言うならば呼び捨て。容疑者という言葉が使われるようになったのは1984年。NHKが一番最初に使い始め、1989年から他のマスコミも足並みをそろえるように使うようになりました。呼び捨ての方がいいのかと容疑者というのを使った方がいいのか。まぁ警察に逮捕されたという段階で、人はついつい疑ってしまうもんですが。そこには警察への信用があるから。警察がいい加減なところだったら、「わかんねぇよ、あそこは。平気で間違えるからな。」みたいなことになる。逮捕されるからにはそれなりのことがあるんだろうとか、火のない所に煙は立たないとか、そういうのを用いる。
火のない所に煙は立たないから、あいつはやったんだという短絡的な発想がどうも好きじゃないです。便利な言葉ですよ。ことわざを覆すわけにもいかないし。したり顔でこの言葉を聞かされ、何度か腹が立ったことがあります。あとは、こうに決まってるよという決めつけ。お前はそうかもしれないけど、万人がそうとは限らんよと。あんたのものさしじゃそうだろうよ。というような感じ。断っておきますが、今回の事件とは関係ありませんよ。こういう事件が起きると必ず聞かされる会話が嫌だねって話です。
変に断定し、結果的に違った時、形式上でも謝らないといけないと僕は思っています。競馬の予想はもちろん別ですよ。あれだって毎回言い訳させてもらってますけど。その時の判断が間違ったのは状況的にもしょうがなかったんだなんてのは許されるのか。俺は悪くないと開き直ってるのとそんなに変わらない気もする。僕自身、しょうもない意見を書き、全然違うなんてことはたびたびある。謝るべき時に謝ることを心がけていますが、気持ちいい謝罪をされたことが少ないんですよね。謝ったら負けなんて発想があるからか。恩は売っとけ、仇は買っとけ。僕みたいにそういう考えが根本にあってもダメだとは思いますが、謝罪はきっちりしなきゃ。全力で謝っておけば、みんな納得しちゃう。オーバーなぐらいでも通用するんだから怖いですな。
黒川智花が20歳になったのを機に、ヌードを出したなんて記事が新聞に。写真で見ましたけど、まぁきれいなね。でも、細川ふみえに比べるとインパクトが弱まっちゃう。細川ふみえが強すぎるんですけどね。あの年でああいうのを出されちゃ、そりゃ普通に出したって勝てっこない。同じ土俵で戦うしかないですし。
女優さんがああやってセミヌードになるケースはここ最近増えています。海外の女優さんは映画のためなら平気で脱ぐ一方で、日本の女優さんはそういうわけにもいかない。CMのからみがすべてですよね。イメージで売っちゃうから本来脱ぐべきところで脱げなくなる。本業より副業で儲けてるような感じになると、制限が生まれるのは致し方ない。ライアーゲームにも出演されている菊池凛子は日本の女優さんでは珍しく映画のためなら脱げる人。脱げるからすごいという発想は日刊ゲンダイのスタンスと同じになっちゃうんですけど、まぁ同じなんでね。
男ってのはそういう生き物ですから、やっぱり興味があるんですよね。だから、ヌードになれる人に対しても僕は嫌悪感をそんなに感じない。あ~ぁ、落ちちゃったなとか思いませんよ。精力剤の広告に出てるなぁと同情の目で見ることはありますけど。エマニエル夫人を見る機会がありまして、CSで午前中にやってて、ご飯食べながらですよ。映画の始まりからもう脱いでるわけです。導入部で変えちゃったんですけどね、この後どう展開するんだろうかと。フランス映画は寛容なのかしりませんが、下半身まで平気で映す。今回のには残念ながらぼかしが入ってましたが、画面の大半をぼかしが占めるなんてシーンもありました。三大欲求のうちの2つを同時に満たそうとすると疲れますな。
ヌードになれば、それこそ役の制限ってなくなるかと。そりゃ怖いものなしだから当たり前なんですけど、度胸もつくんでしょうね。ヌードになると終わりという発想もあるんだけども、ある一定の人気がある状態ならばさらなる起爆剤に僕はなると思います。落ち目の芸能人がAVに流れるのと同じく。AVに流れたら流れたで、下支えはされる。たまに嫌な気持ちになる時もありますけど、それは例外中の例外。世界を見据えて女優をやるのであれば、脱ぐべきところで脱がないといけない。下衆な意見ですいません。
追記
火曜日に放送された爆笑問題とさまぁ~ずのお2組がMCをされた番組において、太田さんが同じことを力説されていて、うわぁ同じだ・・・と。あれはそっくりさんがやってるんですよという米倉涼子の言葉に、太田さんと同様にがっくり。これを前もって見てたら意見は変わってたかもしれない。大竹さんがおっしゃっていた先っちょがキーポイントという言葉に僕の意見は集約されますね。やっぱり僕は下衆な男でした。追記してまで書くことでもないですが、根源はエロだわな。