07年から今まで好き勝手に書いてきているブログです。消したい記事もたくさんありますが、文章の拙さ含めてお楽しみください。
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毎週土曜の深夜、ツイキャスで何時間か喋るのを日課にし始めました。以前もやっていたのですが、コラボ機能の面倒さにノックアウトされ、ツイキャス自体辞めてしまいました。最近また始めるようになったのは、本来の用途に立ち返っただけのことです。音声メディアは自分の感情がモロに出ます。ニュアンスや心情など文字では伝えきれないものを出すことができます。私自身、長い間文章を書いてますが、当然誤解も多くされてきました。別でやっているアイドルについてのブログでは、拒否反応がえげつないことを認識しています。しかし、文字にしてあること全てが本心ではありません。出来る限り自分の思っていることを伝えるためには、文字メディアを補完するような存在が必要になります。それがツイキャスなのです。
自分のツイキャスは時事ネタや芸能ネタ、アイドルやスポーツ、競馬など多岐にわたる話題が出てきます。Twitterのフォロワーさん自体、PerfumeファンやSKE、HKTファン、ベイスターズファン、競馬好きなどなど多くいるので、どこで食いつくかはその日にならないとわかりません。中には、自分の下衆な下ネタが好きだという人もいます。ロンブーの田村淳が、ラジオの書き起こしに怒るように、自分も書き起こしされては困ることしか言ってません。主に下ネタなんですが。たまにはマジメなことも言いますし、相談があるのならそれにも答えます。ただそれだけではこの人いい人なんだと思われるので、ぶっ壊しにかかります。ツイキャスの中だけでなく、実生活でもいい人扱いされたらどこかでやっぱりダメな人だと思われるようなことをしてしまいます。おかしなやつだなと自分でも思いますが、この傾向は続くでしょう。
ツイキャスをやっていて衝撃的だったのは、突然の乱入者です。コラボ配信機能は1つの枠で最大6人がおしゃべりできる機能ですが、ある人がキャスをやっていて自分がコラボ相手として参加しているときに、突然歌を歌わせろと言って見ず知らずの男性がコラボを希望してきました。面白そうだったので許可したところ、モノマネをやったり歌を歌ったり身の上話を聞かされたり、30分乱入者に独占されました。コラボ主はダンマリに近い対応だったので、自分が終始トークの相手をしてましたが、人見知りなのによくできたなと自分でも驚いています。口先がうまく、話好きで聞いてるのも苦ではないので、スイッチさえ入れれば初対面でもどうってことないのですが、あくまで別人格。本来はこんなに喋れません。
仕事先、家族、友人、ネット上の付き合いでこうも人間が違う人もいないでしょう。家族の前ではこの手の話はしませんし、してるのがバレたら人生を全否定される勢いだと思います。仕事先では趣味1つで信用を失くす、もしくは認めてもらえることがあるため、こちらからは口にせず、相手の出方を見ます。友人にはバカな話しかしませんし、ネット上では全てのことを言うものの、プライベートなことは言わないようにしています。4つの顔を使い分けることで、今の自分が成り立っています。事件などで容疑者被疑者に対し、この人はマジメだ大人しい礼儀正しいという近所の人のコメントに隠れて、あいつは頭がおかしいとか変態過ぎて常軌を逸しているみたいなものまで出てきますが、誰しもあるのではないでしょうか。
いくつも顔があるのはその人に逃げ場が確保されていることの現れです。リアルでは想いを出せないからせめてネットでは理想の自分を演じることはいいことだと思います。声真似する人にしても、それをしたくなる気持ちはよくわかります。商売でやっている人もいるでしょうが、たいていはそこらへんの中高生です。彼らなりに毎日苦しい生活を過ごしているでしょう。そのために、ネットで発散しているのです。私は健全な行為だと思います。自分みたいに性欲で発散し、こじらせるよりかは断然マシです。声真似を嫌う人の気持ちも痛いほどわかります。ただ、リアルな世界でもネットでも否定される彼ら彼女らの気持ちまでは誰も考えません。ツイキャスを楽しくやる人もいれば、居場所を求めるためにやっている人もいる。本当に青少年のことを考える大人がいるのならツイキャスに行き、閲覧が数人の中高生のキャスをのぞき見することをおすすめします。行けば何かを感じ取るはずです。そのあとにでも自分のキャスに来て、狂気を感じ取っていただければ幸いです。ツイート
自分のツイキャスは時事ネタや芸能ネタ、アイドルやスポーツ、競馬など多岐にわたる話題が出てきます。Twitterのフォロワーさん自体、PerfumeファンやSKE、HKTファン、ベイスターズファン、競馬好きなどなど多くいるので、どこで食いつくかはその日にならないとわかりません。中には、自分の下衆な下ネタが好きだという人もいます。ロンブーの田村淳が、ラジオの書き起こしに怒るように、自分も書き起こしされては困ることしか言ってません。主に下ネタなんですが。たまにはマジメなことも言いますし、相談があるのならそれにも答えます。ただそれだけではこの人いい人なんだと思われるので、ぶっ壊しにかかります。ツイキャスの中だけでなく、実生活でもいい人扱いされたらどこかでやっぱりダメな人だと思われるようなことをしてしまいます。おかしなやつだなと自分でも思いますが、この傾向は続くでしょう。
ツイキャスをやっていて衝撃的だったのは、突然の乱入者です。コラボ配信機能は1つの枠で最大6人がおしゃべりできる機能ですが、ある人がキャスをやっていて自分がコラボ相手として参加しているときに、突然歌を歌わせろと言って見ず知らずの男性がコラボを希望してきました。面白そうだったので許可したところ、モノマネをやったり歌を歌ったり身の上話を聞かされたり、30分乱入者に独占されました。コラボ主はダンマリに近い対応だったので、自分が終始トークの相手をしてましたが、人見知りなのによくできたなと自分でも驚いています。口先がうまく、話好きで聞いてるのも苦ではないので、スイッチさえ入れれば初対面でもどうってことないのですが、あくまで別人格。本来はこんなに喋れません。
仕事先、家族、友人、ネット上の付き合いでこうも人間が違う人もいないでしょう。家族の前ではこの手の話はしませんし、してるのがバレたら人生を全否定される勢いだと思います。仕事先では趣味1つで信用を失くす、もしくは認めてもらえることがあるため、こちらからは口にせず、相手の出方を見ます。友人にはバカな話しかしませんし、ネット上では全てのことを言うものの、プライベートなことは言わないようにしています。4つの顔を使い分けることで、今の自分が成り立っています。事件などで容疑者被疑者に対し、この人はマジメだ大人しい礼儀正しいという近所の人のコメントに隠れて、あいつは頭がおかしいとか変態過ぎて常軌を逸しているみたいなものまで出てきますが、誰しもあるのではないでしょうか。
いくつも顔があるのはその人に逃げ場が確保されていることの現れです。リアルでは想いを出せないからせめてネットでは理想の自分を演じることはいいことだと思います。声真似する人にしても、それをしたくなる気持ちはよくわかります。商売でやっている人もいるでしょうが、たいていはそこらへんの中高生です。彼らなりに毎日苦しい生活を過ごしているでしょう。そのために、ネットで発散しているのです。私は健全な行為だと思います。自分みたいに性欲で発散し、こじらせるよりかは断然マシです。声真似を嫌う人の気持ちも痛いほどわかります。ただ、リアルな世界でもネットでも否定される彼ら彼女らの気持ちまでは誰も考えません。ツイキャスを楽しくやる人もいれば、居場所を求めるためにやっている人もいる。本当に青少年のことを考える大人がいるのならツイキャスに行き、閲覧が数人の中高生のキャスをのぞき見することをおすすめします。行けば何かを感じ取るはずです。そのあとにでも自分のキャスに来て、狂気を感じ取っていただければ幸いです。ツイート
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視聴者参加型番組がここ最近めっきり減った印象を持っていましたが、特別番組に限れば、鳥人間コンテストやSASUKE、高校生クイズなど昔から続いている番組はまだあります。これらに共通するのは年々選手たちの人間ドラマが強調されるようになったことです。SASUKEはその最たる例です。山田勝己さんなんかはSASUKEに全てを捧げたということでミスターSASUKEとも呼ばれ、自らの軍団を作るほどです。では、最初からそう呼ばれてきたかといえば当然そんなことはありません。出場者が各々セットを作り始めたり、ふがいない気持ちに涙し、怒り、そういう真剣な取り組みがSASUKEの雰囲気を作っていったのです。SASUKEはTBSを独立された方の制作会社で作られていましたが、倒産の憂き目に遭い、TBSが引き継ぐことになりました。そこから、人間ドラマを強調したものが増えてきたように思います。正直、そういうドラマは胡散臭く感じます。自然に発するドラマか作為的に作られるドラマかの違いは、食べ物と同じで違和感を覚えます。人工甘味料だらけか、自然由来のものしか使ってないかで全然違うように、演出もまた同じと言えます。
先日やっていた鳥人間コンテストも正直そんな気持ちになる番組です。出演者が悲壮感漂わせる番組だったかなと昔から見てる鳥人間コンテストを振り返ってみて感じました。元々はびっくり日本新記録というバラエティ番組の1コーナーだったものがここまで拡大した経緯があり、そんな軽い気持ちで見られた番組でしたが、年々出場者側も気合いを入れてきて、琵琶湖の対岸まで行ってしまうようなレベルにまでなってきました。1時間以上漕いでるわけですから、当然操縦席の人たちの苦しみは出てきますし、それを映せば感動もします。とはいえ、なぜに悲壮感を持って見ないといかんのかとふと思ってしまいます。結論はそんなもん見なきゃいいじゃんですが、出先で食事をとる時、どこか親戚の家に行った時などについてると見ないわけにはいきません。
鳥人間コンテストでナレーションベースになっていたところはむしろ楽しそうに参加していた印象です。操縦している人を船の上で見守る彼女、そして船の上で熱く抱き合う姿は青春そのものです。その直後に出てきた、自作の萌えキャラのイラストを機体に描いて出てきた大学など、そっちの方が人間味があったように思います。飛ばしてナンボなのは間違いないかもしれないけど、そこばかりに着目した結果、なんとも人工甘味料満載な食べ物が出てきてしまったような気がします。ただ、そういうものを探して好んで食べるのもまた自分なので、こういう番組がないと自分が困ります。本当にタチの悪い番組は毒にも薬にもならない番組です。ツイート
先日やっていた鳥人間コンテストも正直そんな気持ちになる番組です。出演者が悲壮感漂わせる番組だったかなと昔から見てる鳥人間コンテストを振り返ってみて感じました。元々はびっくり日本新記録というバラエティ番組の1コーナーだったものがここまで拡大した経緯があり、そんな軽い気持ちで見られた番組でしたが、年々出場者側も気合いを入れてきて、琵琶湖の対岸まで行ってしまうようなレベルにまでなってきました。1時間以上漕いでるわけですから、当然操縦席の人たちの苦しみは出てきますし、それを映せば感動もします。とはいえ、なぜに悲壮感を持って見ないといかんのかとふと思ってしまいます。結論はそんなもん見なきゃいいじゃんですが、出先で食事をとる時、どこか親戚の家に行った時などについてると見ないわけにはいきません。
鳥人間コンテストでナレーションベースになっていたところはむしろ楽しそうに参加していた印象です。操縦している人を船の上で見守る彼女、そして船の上で熱く抱き合う姿は青春そのものです。その直後に出てきた、自作の萌えキャラのイラストを機体に描いて出てきた大学など、そっちの方が人間味があったように思います。飛ばしてナンボなのは間違いないかもしれないけど、そこばかりに着目した結果、なんとも人工甘味料満載な食べ物が出てきてしまったような気がします。ただ、そういうものを探して好んで食べるのもまた自分なので、こういう番組がないと自分が困ります。本当にタチの悪い番組は毒にも薬にもならない番組です。ツイート
佐野研二郎さんが2020年東京オリンピックの公式エンブレムのデザインについて盗用が疑われたため、自らがエンブレムについて取り下げることで新たな展開を迎えることになりました。言い分を簡単に言えば、身に覚えのないことでごちゃごちゃ言われてるし、腹も立つがここまでの騒ぎになったのは自分の責任だからということでしょう。最初にケチがついた時、急いでベルギーに飛び、事情を説明しておけばよかったのではないかという意見に自分も賛同したいですが、一度ケチがつくと、それを巻き返すにはいくらかの出血覚悟で身を切らないといけません。対症療法でどうにかごまかす道を選べば、当然ネットユーザーはそこを突いてきます。佐野さんだけが悪いのではなく、組織委員会の皆さんやデザインを手直しさせた方々などこの構図、新国立競技場問題となんら変わらず、なんともアホらしい話です。
色んな方が指摘されているのは、デザイナー側の、黙って見てろよ的な態度が火に油を注いだ可能性があるということです。お前らみたいなデザインもできないダサいやつらに、俺らの気持ちなんかわかるかいぐらいのお気持ちは持ってらっしゃるとは思いますが、結局はその人たちもネットユーザー、いわばネット群衆の脅威を軽視したわけです。だから、黙って見とけ的な態度になってしまった。上からの目線とも言われますが、こういう目線が最も嫌われるのはどの立場の人でも同じです。知らないことを知ったように言うなと思いたくなる気持ちは当然とも言えますが、公然と言ってしまえば何が起きてしまうのか、考えないといけません。
黙って見とけという態度や発言は不必要なものです。それがなかったとしてもなんの支障もありませんし、言ったところで誰にも得がありません。それでも言ってしまうのはなぜか。日頃からの不満によるものだと自分では思っています。どの世界でも、知りもしないでごちゃごちゃ言いやがって!という場面はありますが、例えば順調な人だと、あははで済ませる人が多いでしょう。それだけ余裕があるということです。しかし、うまくいってない人だと、うるせぇわかっとるわ自分でも!と反発する気持ちが出てきます。当然の反応なので、こういう反応したから器が大きい小さいと区別する気はありません。
問題なのは、ネット群衆に一度マークされるとなかなか外されなくなるということです。最初は大きなことだったのに、段々小さくなり、最終的には重箱の隅をつつくようなものにまで指摘されるようになります。佐野さんの問題にしても、最初はエンブレムが似てるどうこうの話、そのあと、佐野さんのデザインは何かと似通っているという話、そしてトートバッグ、盗用を認めいくつか取り下げ、そしてこのエンブレムも似てるだなんだなどと分散しています。マークされ何もなければいいものの、何かあったら徹底的に追及される、それがネット群衆です。その感覚はバイト先でハメを外した高校生や大学生、通称バカッターをつるしあげるのとなんら変わりません。48グループでもこの人たちが新加入しますとなれば、その日のうちに恋人がいたかいないかがすぐに出てきます。むしろ、身辺調査をネットの人たちにやってもらえば安心とも言えますが。
大事なことは、黙って見とけと言う側、そして言われる側にも同じ事情があるということです。権力監視は大袈裟ですが、何も言わなきゃ組織がダメになると思ってる人は多いでしょう。そのために、あんたらおかしいだろ!と言ってしまいたくなるのが人情です。私も数多くのことを言っていますが、逆に黙って見とけと思う時もありました。自分が知ってるものについて、知らない人が興味もないくせに色々言いやがってと数えきれないほど思いました。誰しもが黙って見とけと思い、そして思われることを言っています。いわばガス抜きです。適度に言わせておいて、こちらがたまれば適度に言うというサイクルがいいのです。これを防ごうとするから、そのガスに火が引火し爆発を起こしてしまいます。不満は不満として処理しているうちが正常です。無視したり、嘲笑ったり、弾圧したり、そんなことをすれば必ずえらい目を見ることになる。多様性を認める気持ちがあれば、こんな意見もあるんだなぁと思えるようになるので、作ろうと思えば無限にある色のように、様々な色があるのだと思うようにし、黙って見とけという気持ちに向きあわなければなりません。そんなことを、特に大相撲の記事を書いてる時の自分に言い聞かせたいです。あと最後に、金親、なにやってんだよお前、いい加減にしろとガス抜きさせてください。ツイート
色んな方が指摘されているのは、デザイナー側の、黙って見てろよ的な態度が火に油を注いだ可能性があるということです。お前らみたいなデザインもできないダサいやつらに、俺らの気持ちなんかわかるかいぐらいのお気持ちは持ってらっしゃるとは思いますが、結局はその人たちもネットユーザー、いわばネット群衆の脅威を軽視したわけです。だから、黙って見とけ的な態度になってしまった。上からの目線とも言われますが、こういう目線が最も嫌われるのはどの立場の人でも同じです。知らないことを知ったように言うなと思いたくなる気持ちは当然とも言えますが、公然と言ってしまえば何が起きてしまうのか、考えないといけません。
黙って見とけという態度や発言は不必要なものです。それがなかったとしてもなんの支障もありませんし、言ったところで誰にも得がありません。それでも言ってしまうのはなぜか。日頃からの不満によるものだと自分では思っています。どの世界でも、知りもしないでごちゃごちゃ言いやがって!という場面はありますが、例えば順調な人だと、あははで済ませる人が多いでしょう。それだけ余裕があるということです。しかし、うまくいってない人だと、うるせぇわかっとるわ自分でも!と反発する気持ちが出てきます。当然の反応なので、こういう反応したから器が大きい小さいと区別する気はありません。
問題なのは、ネット群衆に一度マークされるとなかなか外されなくなるということです。最初は大きなことだったのに、段々小さくなり、最終的には重箱の隅をつつくようなものにまで指摘されるようになります。佐野さんの問題にしても、最初はエンブレムが似てるどうこうの話、そのあと、佐野さんのデザインは何かと似通っているという話、そしてトートバッグ、盗用を認めいくつか取り下げ、そしてこのエンブレムも似てるだなんだなどと分散しています。マークされ何もなければいいものの、何かあったら徹底的に追及される、それがネット群衆です。その感覚はバイト先でハメを外した高校生や大学生、通称バカッターをつるしあげるのとなんら変わりません。48グループでもこの人たちが新加入しますとなれば、その日のうちに恋人がいたかいないかがすぐに出てきます。むしろ、身辺調査をネットの人たちにやってもらえば安心とも言えますが。
大事なことは、黙って見とけと言う側、そして言われる側にも同じ事情があるということです。権力監視は大袈裟ですが、何も言わなきゃ組織がダメになると思ってる人は多いでしょう。そのために、あんたらおかしいだろ!と言ってしまいたくなるのが人情です。私も数多くのことを言っていますが、逆に黙って見とけと思う時もありました。自分が知ってるものについて、知らない人が興味もないくせに色々言いやがってと数えきれないほど思いました。誰しもが黙って見とけと思い、そして思われることを言っています。いわばガス抜きです。適度に言わせておいて、こちらがたまれば適度に言うというサイクルがいいのです。これを防ごうとするから、そのガスに火が引火し爆発を起こしてしまいます。不満は不満として処理しているうちが正常です。無視したり、嘲笑ったり、弾圧したり、そんなことをすれば必ずえらい目を見ることになる。多様性を認める気持ちがあれば、こんな意見もあるんだなぁと思えるようになるので、作ろうと思えば無限にある色のように、様々な色があるのだと思うようにし、黙って見とけという気持ちに向きあわなければなりません。そんなことを、特に大相撲の記事を書いてる時の自分に言い聞かせたいです。あと最後に、金親、なにやってんだよお前、いい加減にしろとガス抜きさせてください。ツイート
先週、堀北真希と山本耕史の結婚という衝撃的なニュースが駆け巡りました。交際0日、断られても断られてもアタックし、乗るであろう新幹線を予想して特定して会おうとしたり、たくさんの手紙を送ったり、そこまでして堀北真希を手に入れようとした山本耕史の執念には頭が下がります。電車男のびっくりなストーリーができそうです。池井戸潤さんだか井戸田潤さんだか知りませんが、その人の原作ならすぐにドラマ化されちゃいます的な人にでも書いてもらうといいでしょう。井戸田潤さんの物語も同じくらいすごいので書いてもらった方がいいでしょうけど、結末が若干悲しいので厳しいでしょうか。
この一連の行為をマスコミは一途であると評しています。そう評さざるを得ないでしょう。気持ち悪いよ山本!とかストーカーだぞ山本!とか極楽とんぼの復活心待ちにしてるよ山本!などとは書けないわけです。だから、一途だなぁヤマコー!私もそうされたいぞヤマコー!土下座されたいぞハマコー!などと書くしかないわけです。ですが、山本耕史じゃなく、そこらへんのお笑い芸人だったらどう書かれるでしょうか。確実に身の程知らずだと叩かれ、事務所からも叱られ、干されるかもしれません。結局、行為ではなく人を見て判断してるのです。「ただしイケメンに限る」というやつです。
申し訳ないですが、こんなもんはただのストーカー、迷惑行為でしかないです。そんな我が物としたいのかとしか思えませんし、これを認めてしまえば、例えば同様のケースが他であっても、山本耕史は許されて、なぜ俺の行為は許されないのかという比較対象としてずっと使われることになります。どんな変質者でもイケメンならいいのかという話です。イケメンがロリコンでもアリなのでしょうか。どうせだったらアリにしてほしいです。少し遅くなりましたが、山本耕史がイケメンなのかという議論はこの際しません。
しかしながら、山本耕史が世の中に訴えたかったものがあります。努力は必ず報われるということです。6年間かけて俺は堀北真希を落としたんだ。モテないモテないと叫ぶ男ども、お前らもこれくらいの執念見せろ、執念で女は抱けるんだ!努力は必ず報われるぞ!たかみなよりわかりやすく示してやったぜ!という具合でしょうか。婚活パーティーに参加した時に自分でもよくわかりました。出会いを求めてる人はガツガツしてるし、飢えているのだと。肉をよこせ!肉をよこせ!じゃないとお前を食うぞこの野郎!そんな具合に。ただ、そこまでして食った女が栄養とならず、実は毒だったら死んじゃうんですけどね。手に入れた瞬間飽きちゃう可能性もあるのに。まぁでも、性行為ができたらそんなことはどうでもいいのでしょう。
自分はこの数年で人に対する興味が薄らいでしまったので、無縁だなと思います。生きていく上で致命的です。だから、こんな僻みが書けるのかもしれません。ツイート
この一連の行為をマスコミは一途であると評しています。そう評さざるを得ないでしょう。気持ち悪いよ山本!とかストーカーだぞ山本!とか極楽とんぼの復活心待ちにしてるよ山本!などとは書けないわけです。だから、一途だなぁヤマコー!私もそうされたいぞヤマコー!土下座されたいぞハマコー!などと書くしかないわけです。ですが、山本耕史じゃなく、そこらへんのお笑い芸人だったらどう書かれるでしょうか。確実に身の程知らずだと叩かれ、事務所からも叱られ、干されるかもしれません。結局、行為ではなく人を見て判断してるのです。「ただしイケメンに限る」というやつです。
申し訳ないですが、こんなもんはただのストーカー、迷惑行為でしかないです。そんな我が物としたいのかとしか思えませんし、これを認めてしまえば、例えば同様のケースが他であっても、山本耕史は許されて、なぜ俺の行為は許されないのかという比較対象としてずっと使われることになります。どんな変質者でもイケメンならいいのかという話です。イケメンがロリコンでもアリなのでしょうか。どうせだったらアリにしてほしいです。少し遅くなりましたが、山本耕史がイケメンなのかという議論はこの際しません。
しかしながら、山本耕史が世の中に訴えたかったものがあります。努力は必ず報われるということです。6年間かけて俺は堀北真希を落としたんだ。モテないモテないと叫ぶ男ども、お前らもこれくらいの執念見せろ、執念で女は抱けるんだ!努力は必ず報われるぞ!たかみなよりわかりやすく示してやったぜ!という具合でしょうか。婚活パーティーに参加した時に自分でもよくわかりました。出会いを求めてる人はガツガツしてるし、飢えているのだと。肉をよこせ!肉をよこせ!じゃないとお前を食うぞこの野郎!そんな具合に。ただ、そこまでして食った女が栄養とならず、実は毒だったら死んじゃうんですけどね。手に入れた瞬間飽きちゃう可能性もあるのに。まぁでも、性行為ができたらそんなことはどうでもいいのでしょう。
自分はこの数年で人に対する興味が薄らいでしまったので、無縁だなと思います。生きていく上で致命的です。だから、こんな僻みが書けるのかもしれません。ツイート
横浜DeNAベイスターズが交流戦を境に失速し、6月以降の勝率は暗黒時代と言われたTBS時代のベイスターズの勝率より悪いという状況になっています。ですので、ここ最近の横浜ファンを見てると、どんどん目が死んでいくような、閉塞感漂う空気があります。そうなるのも無理ないですが、しかしながら、この状況は想定の範囲内とも言えます。去年の春先は致命的な負け方、夏場までの挽回、秋からの失速というペナントでしたから、それが春先絶好調、夏場までの致命的な負け方となってるだけの話で、秋も失速なのか絶好調なのか、マイナスプラスマイナスが去年なら、プラスマイナス、次はプラスだと思うほかありません。しかし、プラスになる要因は限りなく少ないと言えます。若手は確かに出てきてはいますが、いかんせんチチャンスをつかみ切れていません。1軍も2軍も1.5軍と評したのを見て、その通りだなと感じています。
なぜチャンスをつかみ切れないのか。要因の1つは中畑監督の起用にあります。今年は非情に徹すると語っていたように、試合でミスをした選手は次の試合などではあまり使われないような印象があります。特に捕手の場合、大量失点をしたことで試合の半ばで交代させられ、以降マスクをつける機会が減る傾向にあり、次につける機会は他の2人が同じようにミスをした時、もしくはたまたまうまくいったので次もという具合です。ミスをしたら代わりがいるというプレッシャーは当然必要ですが、それはレギュラーとしてこいつを育てようという前提があってのことです。固定できないと嘆いていますが、固定する気がないとしか私には思えません。筒香の4番へのこだわりを見てる限りでは、我慢のできる監督でしょう。その結果、筒香は4番としての責任を十分果たし、キャプテンとしての素晴らしい姿を見せています。身近にそういう成功体験があるのに、なぜかこの監督は他のポジションでやろうとはしません。捕手にしても、この際嶺井で固定したり、ショートは飛雄馬か倉本、センターは乙坂でやればいいんです。荒波や石川などの選手はそのサポートに回ったとしても、ファンは文句を言わないでしょう。そういうのがなく、とっかえひっかえやってるからチャンスをつかもうという機運すら出てこないのです。
以前、ドラフトの失敗で10年間空白があると書きました。いわゆる2000年から2010年までのドラフトにおいてほとんど失敗している印象があり、本来引っ張っていくべき人たちがもう球団にはほとんどいないからこそチームが弱いということを書きました。2000年にプロ入りした高卒なら選手として脂が乗ってる時期です。2000年にドラフト指名された選手で今も現役なのは内川だけです。その内川はソフトバンクにいます。現役であっても他球団で活躍してる選手が多すぎます。2011年、TBSが嫌がらせのように高校生ばかりをドラフト指名しましたが、桑原や乙坂、飛雄馬、高城を指名してるのでまだいいです。ここ数年は育成ドラフトにしてもうまく来ているので、その部分は素晴らしい仕事をしています。未来はとても明るい。私はそう思っています。
2011年ドラフトにかかった選手が主力となるのは5年から10年後です。ならば、そこに向けて種をまき、水をやって、花を咲かせられるような体制を作るべきではないでしょうか。以前書いたように、中畑監督はどんな結果であれ今年で退任すべきだと思っています。これを書いた時は、頭がおかしい、ナンセンス的な意見を目にしましたが、この現状では納得せざるを得ない状況になりつつあります。1年単位で契約していくくらいならこの際5年契約でも結んで、徹底的にやってくれれば構いません。その気がないのなら、強豪チームで野球をやっていた人に監督をしてもらい、コーチ陣も刷新すべきです。どうにも森監督のトラウマが拭えないのですが、あまりにも温度差があり、ドラフトに失敗し始めた時期などと重なるのも原因の1つで今は体質も変わり、そういった監督を受け入れる素地はできています。
フロントは客を呼べる監督に来てほしいと考えているようですが、監督の仕事は客寄せパンダではありません。選手を育て、いかに試合に勝ち、優勝するかです。中畑監督は育成能力、選手の抜擢までは一流の監督とも言えますが、ベンチワークが残念ながら三流のままです。5年後を見据えた監督起用、選手育成、そして新しい5年計画の骨格。DeNAは球場への投資ばかりに目を向けず、出す時には金を出し、長い目で回収していく覚悟を持ってほしい。暗黒時代に比べればいいですが、それよりもマシだから許されるのは今年までです。ツイート
なぜチャンスをつかみ切れないのか。要因の1つは中畑監督の起用にあります。今年は非情に徹すると語っていたように、試合でミスをした選手は次の試合などではあまり使われないような印象があります。特に捕手の場合、大量失点をしたことで試合の半ばで交代させられ、以降マスクをつける機会が減る傾向にあり、次につける機会は他の2人が同じようにミスをした時、もしくはたまたまうまくいったので次もという具合です。ミスをしたら代わりがいるというプレッシャーは当然必要ですが、それはレギュラーとしてこいつを育てようという前提があってのことです。固定できないと嘆いていますが、固定する気がないとしか私には思えません。筒香の4番へのこだわりを見てる限りでは、我慢のできる監督でしょう。その結果、筒香は4番としての責任を十分果たし、キャプテンとしての素晴らしい姿を見せています。身近にそういう成功体験があるのに、なぜかこの監督は他のポジションでやろうとはしません。捕手にしても、この際嶺井で固定したり、ショートは飛雄馬か倉本、センターは乙坂でやればいいんです。荒波や石川などの選手はそのサポートに回ったとしても、ファンは文句を言わないでしょう。そういうのがなく、とっかえひっかえやってるからチャンスをつかもうという機運すら出てこないのです。
以前、ドラフトの失敗で10年間空白があると書きました。いわゆる2000年から2010年までのドラフトにおいてほとんど失敗している印象があり、本来引っ張っていくべき人たちがもう球団にはほとんどいないからこそチームが弱いということを書きました。2000年にプロ入りした高卒なら選手として脂が乗ってる時期です。2000年にドラフト指名された選手で今も現役なのは内川だけです。その内川はソフトバンクにいます。現役であっても他球団で活躍してる選手が多すぎます。2011年、TBSが嫌がらせのように高校生ばかりをドラフト指名しましたが、桑原や乙坂、飛雄馬、高城を指名してるのでまだいいです。ここ数年は育成ドラフトにしてもうまく来ているので、その部分は素晴らしい仕事をしています。未来はとても明るい。私はそう思っています。
2011年ドラフトにかかった選手が主力となるのは5年から10年後です。ならば、そこに向けて種をまき、水をやって、花を咲かせられるような体制を作るべきではないでしょうか。以前書いたように、中畑監督はどんな結果であれ今年で退任すべきだと思っています。これを書いた時は、頭がおかしい、ナンセンス的な意見を目にしましたが、この現状では納得せざるを得ない状況になりつつあります。1年単位で契約していくくらいならこの際5年契約でも結んで、徹底的にやってくれれば構いません。その気がないのなら、強豪チームで野球をやっていた人に監督をしてもらい、コーチ陣も刷新すべきです。どうにも森監督のトラウマが拭えないのですが、あまりにも温度差があり、ドラフトに失敗し始めた時期などと重なるのも原因の1つで今は体質も変わり、そういった監督を受け入れる素地はできています。
フロントは客を呼べる監督に来てほしいと考えているようですが、監督の仕事は客寄せパンダではありません。選手を育て、いかに試合に勝ち、優勝するかです。中畑監督は育成能力、選手の抜擢までは一流の監督とも言えますが、ベンチワークが残念ながら三流のままです。5年後を見据えた監督起用、選手育成、そして新しい5年計画の骨格。DeNAは球場への投資ばかりに目を向けず、出す時には金を出し、長い目で回収していく覚悟を持ってほしい。暗黒時代に比べればいいですが、それよりもマシだから許されるのは今年までです。ツイート
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